精神保健福祉法改正案を取り巻く問題

先日、縁あって初めて委員会の傍聴をしてきました。議題が「精神保健福祉法改正案」です。
健常者の多くの方は、自分とは関わりのない世界の話、という感覚かもしれませんが(実際、以前の僕もどこか他人事なところがありましたが)ひとつには立法の在り方についての問題、もうひとつには人権の問題、さらにもうひとつには、精神衛生を取り巻く環境という三つの点で、誰しもが当事者になりえる、自らに降りかかってくる可能性のある問題、ということを前置きとして書いておきます。

  • そもそもどういう法案なのか

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/soumu/houritu/193.html
ここの上から四番目の法案です。
変更内容をざっくり言ってしまうと、
1.患者の人権の保護
2.患者が移転しても適切な医療を受けられる体制づくり
3.支援地域評議会の設置
4.問題のあった精神保健指定医制度の見直し
5.医療保護入院の患者の意思の介在
ということになります。
大原則として、法律というものは、恣意的に解釈されます。つまり、「明確に書かれていない箇所に関しては、都合のいいように解釈して良い」ということがあります。
1で人権への配慮を謳ってはいますが、2の移転後も医療を受けられる状態にするためには、個人情報を移転先の自治体に送らなければなりません。3の評議会に警察関係者が含まれないという記述もありません。
監視カメラ問題でもそうですが、プライバシー(人権)の問題と、安全の問題とは、相反することがままあります。盗聴法等もそうでしたが。
医療では、患者の回復を最優先させるという原則があります。例えば精神的に追い詰められて麻薬に手を出した患者がいたとして、その治療を優先させるため、警察に通報をしないことが可能となっています。(信頼関係を損なった状態での治療は難しいばかりか、裏切られたというストレスで、自殺をはかる可能性があるためです)この法の記載にも「医療の役割は、治療、健康維持推進を図るもので、犯罪防止は直接的にはその役割ではない。」とあります。

  • 法改正の背景

津久井やまゆり園で発生した「相模原障害者施設殺傷事件」をきっかけに、安倍首相が同様の事件を繰り返さないために、ということで始まった改正でした。事件当初、被告人に措置入院歴があったため、その後のケアの問題とされたため、この法改正になったという流れです。
しかし、調査が進むに及び、実は被告人に診断されたのは、「大麻精神病」「非社会性パーソナリティー障害」「妄想性障害」「薬物性精神病性障害」ということで、大麻使用者をめぐる一連の対応に問題があったことが原因であって、この事件を法改正の動機とするのは適切ではないということになり、法の文面に付記される予定だった相模原障害者施設殺傷事件への言及を削るという事態になりました。
もうひとつは、精神保健指定医の不正の問題です。
https://www.m3.com/open/iryoIshin/article/471367/
101人が不正を行い、89人が指定取り消しになったという事態を受けて、先の4番のように改正することになったということです。指定医に関しては、後でもう少し詳しく。

精神疾患の入院は、3つに分けられます。
医療保護入院
 →公権力の責任で行うものではなく病院と家族の意思に基づく「強制」入院。認知症以外の場合、強制でありながら、明確な入院基準が存在しない。(極端な例を挙げてしまえば、家族と医師が結託すれば、健常者でも入院させられてしまう)入院期間に制限がない。
 →判断が可能な家族または後見人や保佐人がいない場合、所在地の市町村長の同意で入院となる。
 →平均入院日数は53.1日
・任意入院
 →本人の同意で入院する場合。ただし、入院を否定しなかったということでも任意に含まれるので、必ずしも自らの意思で病院へ赴き、ということではない。
措置入院
 →自傷、他害の可能性がある場合、都道府県知事(または政令指定都市市長)の権限と責任において強制入院させるもの。
 →医療費は公費負担となる。
 →平均入院日数は88.2日
入院件数については、以下の厚労省のデータを参照。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/13/dl/kekka1.pdf
入院患者の11%が転院を行うとのこと。
本来の治療行為に関わらない入院のことを「社会的入院」と言い、家族が退院を望まなかったり、あるいは本人が外の生活に不安を抱いたりということで、半世紀近くそのような状態になってしまうということも珍しくはないという。

日弁連のpdfの18ページにある通り、国連の拷問禁止委員会より、精神疾患患者への拘束に対する勧告が出ています。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/UNC_against_torture_pam.pdf
監禁や拘束は、刑罰としても問題視される向きもありますが、それを非犯罪者に執行し、且つその判断を下すのが、一人の「精神保健指定医」ということが問題としてあります。
更に、先の「相模原障害者施設殺傷事件」での判断ミス(本人に責任能力がある状態なので、警察との連携や、薬物依存者専門の機関への取次が必要だったと言われています)、101人の不正者、89人の指定取り消しを出した問題、また指定医の講習が座学のみ5年に1度だけ行われるといった体制の問題から、それだけの裁量を与えていいのか、入院の基準を設けなくていいのかという議論があります。また、仮に措置入院や保護入院を裁判に見立てるならば、刑罰に近い処遇をされるにあたって、弁護人に相当する人が存在しないということも、問題視されています。
また、障害者権利条約(障害者の権利に関する条約)に日本は批准しているため、それに対しても違反しているのではないかという指摘もあります。(13Pの(6))
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/civil_liberties/data/2014_1003_01.pdf
自由権規約人権委員会でも、入院に際して、地域密着であること、最終手段としてのみ拘束を行うこと、虐待防止、拷問の禁止を謳っています。(14章)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/liberty_rep6_pam.pdf

  • 精神医療審査会の意義

精神医療審査会とは、各都道府県にあり、訴えに基づいて入院や患者の処遇の妥当性を審査する機関です。
しかし、平成27年でいうと、18万3千件の入院手続きがあったのに対し、たった3件のみ入院不要の判断を下しているという状況です。処遇改善申し立ての実行に関しても横這い状態で、不服申し立て機関として、効果的ではないという見方もあります。
そもそもですが、こういった不服申し立てや処遇改善について、権利要綱を患者へ通知する義務が病院側にありますが、それも守られていないという状況もあるようです。
外部連絡を制限されている状態では不服申し立てができないため、外部連絡制限をしてしまうことの問題もあります。
一方で、弁護士が介入したら措置入院を解除されたという事例もあったりするようで、審査会の意義が問われています。
また、看護師による患者への暴行致死事件がありましたが、そういった事件の抑止も、本来的には期待されるのではないでしょうか。
施設の抜き打ち調査の実施等、権限強化が必要なのではという声もあります。

  • 退院後支援について

精神障害者支援地域協議会(個別ケース検討会議)によって退院後の支援計画を作成する義務が法で定められています。作成義務であって、それを受ける義務はないとしています。
この協議会の構成員は、帰住先の保健所設置自治体、入院先病院、通院先医療機関、本人・家族、その他支援NPO団体、福祉サービス事業者等から構成とされており、この「等」に警察が含まれないことが明記されていないこと、精神疾患患者の犯罪率が高いことをもって、監視対象にされる可能性について、患者側は危惧しています。委員会質問でしきりに濁しているところをみると、厚生労働省側に、警察を介入させたいという思惑があると思われても仕方がないかと思いました。
また、支援計画は、転居後には以前の計画を参照しつつ、変更される(その地域で協議会にかけられる)ということのようです。自治体によって、施設の充実度合いにバラつきがあるようです。
支援計画策定義務を根拠とした個人情報のやりとりに関して、患者は懸念を示しています。病気に関する細かな情報の漏洩は、個人の尊厳を著しく貶める結果になりかねないようです。
この支援計画は、作成義務であるため、海外移住を一時的にでも行うと、そこで途切れることになります。

  • 地域包括ケアシステムの活用という案

地域包括ケアシステムとは、高齢者増大に伴う諸問題を、地域で解決するために策定されているものです。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/
退院後支援は、この枠組みの中に含ませる方がいいのではないかという意見もあります。

  • グレーゾーンについて

グレーゾーンとは、序盤で少し説明した、「例えば精神的に追い詰められて麻薬に手を出した患者がいたとして、その治療を優先させるため、警察に通報をしないことが可能となる」ことのような事例を、「グレーゾーン」と言っています。こうしたグレーゾーンの患者のケアに警察が介入することで、治療が遅延、後退してしまうことを、患者だけでなく、医療従事者も恐れているようです。
こういった事例があった場合、担当医が自治体に報告するかの判断を行います。そして、自治体の最終判断があり、警察と連携をするという流れになります。そのことで、担当医が患者から逆恨みを受ける可能性というものは否定できません。この、「報告の判断をさせる」ということが、逆恨みを受ける原因となるため、現行では結局のところ、刑事事件に医療を巻き込む構造的な欠陥があるということになります。

  • まとめ

事前知識がほとんどなかったので、傍聴の最中も、これを書いているときも、知恵熱が出そうでした。
上記はまだ全ての問題に言及したとは言えないと思います。
イタリアでは、精神疾患患者に対するひどい状況がありましたが、現在では精神病院は撤廃されています。
http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170522171208.pdf?id=ART0009878151
それ以前に、アメリカやイギリスでも、そういった運動が起こっています。
「総活躍」というと、とかく女性の社会進出に目がいってしまいますが、病気をした人にも再び社会生活が送れる、労働ができる機会をということも、「総活躍」ということになるかと思います。
諸問題が山積し、それが絡み合っているような状態でもありますが、まずは、こういったことを「知る」ことから始めて、できるだけ多くの人に問題意識を持っていただければいいなと思いました。